杉浦日向子の「百日紅」と双璧をなす、葛飾北斎とその周辺の人間関係を描いた傑作。
からりとさばけた江戸の空気感を描いた「百日紅」とは対照的に「狂人関係」は人間の業をまざまざと見せつけてくる。
上村一夫の情念のこもった筆と、絶妙の画面構成が紡ぎだしていく、もがいてあがいて狂おしく爛れていく日々。読んで二三日は切なさで悶々してしまうこと必至です。
前述の「百日紅」と、キャラクターの違いを眺めてみるのも面白いですよね。
北斎と捨八(百日紅では善次郎)はまぁ似たり寄ったりというか、どうせあたしは駄目な奴、と嘯いてニヤニヤ女を蕩しこむようなイケない絵描きさん達なんですが。お栄の描き方が180度違うのが面白い。
飄々とした男勝りな杉浦お栄に対し、優しく忍耐強い大和撫子の上村お栄。今の日本人が見たら大抵イラっとくるような上村お栄ですが彼女の陰り、うつむいてしみったれた背中に宿る艶。忘れ去られた日本の姿の一つじゃないでしょうか。楚々と佇む雑草の寂しい美しさ。
さて、わたしの特に印象的だった登場人物は、滝沢馬琴。私の一生は負けいくさだったとうめいて死んでいく馬琴。
抑圧された時代、人々は鬱屈した気持ちをどれだけ身体に沈殿させてきたことでしょう。ネガティブにねじこめられていった、その過程で生まれた抵抗力は人間の生生しい有様そのもの。この「狂人関係」の登場人物は全てそういう生生しさを感じるのですが、とくに馬琴、一番の本音を吐いて死んでいったこの老人に、恐ろしいほどの闇を見たような気がします。