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「漫☆画太郎は面白い!」
壊れの美学があるとする。最初から「壊れたもの」を人工的につくりだしたとしても格好良くない。最初はしっかりした物を作ったほうが良い。それがよりしっかりとした物なら壊した時に、爽快感や面白さがありそこに<壊れの美学>もある気がする。
今、沢山のギャグ漫画がある。最初から「壊れたもの」をつくりだそうとしているようだ。しかし漫★画太郎は最初にしっかりとしたものをつくる力がある。短編集「画太郎先生ありがとう」に漫★画太郎のしっかりとしたストーリー作りの力が伺える。「珍遊記」、「まんゆうき」、「地獄甲子園」も最初はしっかりとしたストーリーがあってもおかしくない。
しっかりとしたストーリーをつくる、又はつくれる力がある。そしてつくったらそれを壊す。そこに壊れの良さがある。そんな壊れの良さ、壊しっぷりの良さを持っているのが漫★画太郎。
「時代をかえった珍遊記=漫☆画太郎総論」
<センスをみせつけた珍遊記>
珍遊記が連載されてから明らかにギャグマンガが増えた!「稲中」「モンモン」「王ロバ」「まさるさん」など
珍遊記以降のギャグマンガは<感覚ギャグ+絵があらいのが特徴的>。
<感覚ギャグ>は①作品全体を通してのストーリーが無い。
②センスが時代にうまく合ったことによって生まれるギャグのため「感覚の合わない人には全くわからない。」の2つの特徴が大きくみられる。
<絵があらいギャグマンガ>はギャグといっても重点はストーリー。
「まきばおー」や「りーだーたけし」のことだ。昔のジャンプらしく熱くて勢いのある漫画。
こちらはどちらかというと①時代に流されない普遍的なテーマ。友情、努力、勝利がかいまみれる。②また、勢いのある話しと絵があらいのがマッチしてる。
こういう系のギャグマンガは今まで「メジャーな雑誌にはのらなかった。」例外は「岡田あーみん」。
つまり<感覚/絵があらいギャグマンガは売れない>と編集者に切り捨てられていたのだろう。「珍遊記」はギャグのセンスがあれば読者はついてきてくれる(売れる。)と編集者に教えてくれた。現在、ギャグマンガが増えたのは「少年ジャンプに載った珍遊記」=それを認めた中村泰三編集者→中村泰三氏に感覚ギャグを見せつけた漫☆画太郎先生のおかげだ。
<でもなぜ漫☆画太郎先生が…>
多くの<感覚ギャグマンガ家>が一発で終わっている。これは必然。読者に感覚ギャグが飽きられるからだ。だいたい2作目をみるとヒット作品と同じような漫画だ。しかし、読者にしてみればもうインパクトは無い。
その中で漫☆画太郎先生が今でも受けいれられているのは漫先生は只の
<感覚ギャグマンガ家>では無い。
①<ストーリーもかける感覚ギャグマンガ家>だ。それは連載作品より短編作品によく表れている。エスカレーション、災いは口のもと、楽しい遠足、はストーリーがしっかりとつくられている。突拍子も無い意外性も最後には笑わせながらうまくまとまっている。
また、<感覚ギャグマンガ家>には無い
②「熱いハート(普遍的なテーマ、友情や道徳)」が見え隠れする。この2つが飽きない理由。
ただ、笑いが少なくストーリーせいが小さい感覚ギャグではなく、
<しっかりとしたテーマに基づくストーリーの上の><熱いハートを持った>感覚ギャグ漫画。こそ漫☆画太郎先生の作品だ。
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