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DVD
ディレクターズカット 記録映画
ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間
1575円(税込) 両面ディスクでこのプライスは破格です!
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Woodstock
サントラ
DVDでは未収録のアーティストも、サントラでは多く収録されている。 |
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アクト
1日目
リッチー・ヘブンス
スイート・ウォーター
バート・ソマー
ティム・ハーディン
ラヴィ・シャンカール
メラニー
アーロ・ガスリー
ジョーン・バエズ
2日目
クウィル
カントリー・ジョーマクドナルド
ジョン・B・セバスチャン
キーフ・ハートレー
サンタナ
ジ・インクレディブル・ストリング・デッド
キャンド・ヒート
グレイトフル・デッド
クリーデンス・クリアーウィーター・リヴァイバル
ジャニス・ジョプリン
スライ&ザ・ファミリーストーン
ザ・フー
ジェファーソン・エアプレイン
3日目
ジョー・コッカー
カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ
マウンテン
テン・イヤーズ・アフター
ザ・バンド
ジョニー・ウィンター
ブラッド・スウェット&ティアーズ
クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング
ポール・バターフィールド・ブルース・バンド
シャ・ナ・ナ
ジミ・ヘンドリクス
MOST IMPRESSION ACTOR 1位
ジミ・ヘンドリクス
やっぱりこの人でしょうか。映画の中ではCCR、ザ・バンド、グレイトフル・デッドなど未収録のアーティストがいて残念なのですが、もしそれらアーティストが見れたとしても、このジミのプレイは超えられないでしょう。(独断)スライの演奏やサンタナの鬼気迫るギタープレイをベストパフォーマンスに上げる人も多いですが、オイラはこっちです。
当日はジミ自身、ドラッグのオーバードーズによりふらふらの状態でした。
しかも高額のギャラ(推定では2万ドル)とトリにこだわり、演奏が始まったのは、実際には3日目のオーラスではなく、オーディエンスが半分近くいなくなった4日目の朝でした。ジミ目当てのお客も多かったでしょうが、さすがに4日目となると人もまばらの状態でしたが、そんなことお構いなしに自己のプレイによりインサイドに入り込むジミ。
アメリカ国歌も良かったですが、しょっぱのVoodoo
chileがやばすぎです。恍惚の表現者としては世界一ではないかと思われるあの顔(笑)でギターとジミが一体になって片手でハンマリングする様は初めて見たとき 度肝を抜かれました。こんなプレイの仕方する奴がいるのかと・・・。
さすがに、ギターに火をつけるシーンはありませんでしたが歯でギターを弾くシーンはしっかり収録されてましたね。ジミヘンドリクス自身この翌年睡眠薬の多量摂取により死亡するのですが、デビューからわずか3~4年でロックスターダムを駆け上がり、そして伝説になってしまう様は同年代を生きた、エリック・クラプトン、ミックジャガー、ピート・タウンゼント、ルー・リードなど多くのスター達からのリスペクトも絶えません。
(これらのアーティストがジミを回想するインタビューは下のDVDに収められています。こちらも要チェックや!)
正直今まで、はっきり正面から見たことありませんでしたが、見直して、「ようやく
ジミを見て、良いなと思える音楽年齢」になったのだろうかとも思いました。
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実録映画ジミ・ヘンドリックス
エリック・クラプトン、ミックジャガー、ピート・タウンゼント、ルー・リード等によるインタビューやモントレーポップフェス、ウッドストック、フィルモアイースト、ワイト島フェスなど収録。知人、友人、ローディーにプロデューサに元恋人など入り乱れてのインタビューも必見!1575円(税込)
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ジミヘンドリクス:WOODSTOCK LIVE盤
WOODSTOCKサントラには収録されていないジミの音源はこれでGETだ! |
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MSMEDIAPLAYERが必要です

音声ファイル注釈
1) バロウズは97年に死亡
2) モンタレーポップフェスでジミが演奏した
[ROCK ME BABY]はB・B KINGの曲のカバー
WOODSTOCKのTシャツはこちら!
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1969年ニューヨーク郊外で行われた野外ロックフェスティバル。名前は有名ですが、あんまり詳細に知ってる人は少ないはず。
今回はフェスがどのように企画されたのか?という所から深く掘り下げてフェアをしてみました。
------主催者-オーガナイザー
まずはこの人から始まったのです。マイケルラング(23) (woodstock開催時23歳ですよ!) もともとはヒッピームーヴメント関連の雑貨や本などを置くショップを経営していました。店舗もニューヨーク、イーストヴィレッジ、マイアミと成功させており、その過程の中で野外ロックフェスティバルの構想が沸いてくるようになった。
Woodstockの一年前の'68年5月、マイケルは構想していたことを実行に移す。マイアミポップフェスティバルと称した野外コンサートを興行。出演は、ジミ・ヘンドリクス、チャックベリー、ジョンリーフッカー、CSN&Yとそうそうたるメンツで行われ、やはりトリはジミヘンだった。このときの観客動員数約10万人程度。(19日は激しい雨風に見舞われ中止に。)
たいした混乱もなくフェスは大成功に。これがwoodstockのたたき台になる。
その後ニューヨークに凱旋したマイケルは、音楽イヴェントを通じて一人のプロデューサと出会う。当時25歳のキャピトルレコーズのアーティ・コーンフェルドという男である。彼は当時「雨に消えた初恋」という曲がブレイクしまくってた「カウシルズ」というバンドのプロデューサであった。
この2人は意気投合し、最初はWoodstockに録音スタジオを作る計画だった。もともとウッドストックという場所はディランやザバンド、ピーター、ポール&マリーのピーター・ヤーロウなどの音楽家、芸術家の隠れ家的アーティストコミュニティが出来上がっていた。そこのスタジオを作ろうというのが長期的な計画だったようで、その宣伝もかねてのフェスティバル計画だった。
そこで、2人はさらなる協力者に出会う。ジョン・ロバーツ(23)とジョエル・ローゼンマン(25)だ。ジョンは財閥の息子にして既に資産家。ジョエルは若手弁護士であった。資金的バックボーンと法的解釈力を備えWoodstock計画は急転しだす。
ロバーツから15万~20万ドルといわれる資金が用意され、1969年初頭から準備に取り掛かる。当初入場料6ドル程度で8万人の来場でペイできると考えていたようだ。フェスの名称でもあるWoodstockでの開催を希望したが、近隣住民の反対に合い、そこから30~40キロはなれたベゼルということころのヤスガー農場に決定する(実に開催の6週間前のことであった。)
--------混乱と飢餓の中に見出された愛と平和、そしてドラッグ。
フェス自体は前評判が高く、開催前日から10万人以上の若者が座り込みをはじめる。チケットチェックすらできず、フェス開始時点からフリーコンサートの様相が強まる。
ヒッピーたちも、簡易のフェンスを破壊して会場に流れ込んでくるしまつだ。主催者側も最初はチケットチェックに躍起になるが途中から、開き直り、フリーコンサートへの変更を宣言。この宣言の仕方がゆるくて良い。(ビデオ参照)
16日初日は天候もよくフェス日和だった。会場の渋滞でなかなかアーティストがステージ近辺までこれず、スケジュールが大幅に遅れる。大半はヘリでの輸送になる。トップアクトを勤めたのはリッチーヘブンス。映画を見る限り彼が一番優雅に演奏していたのではないだろうか。(笑)
会場内でのドラッグ使用率は異様に高い。ステージ上でジャニス・ジョプリンが観客に向けて、「みんなー、キマってるー?」と呼びかける始末である。近年のフェス(特に日本)においてはありえない光景だ。
実際ドラッグでの逮捕者を60名以上だしており、愛と平和の祭典の裏側の面でもある。だが、そういうドラッグの手助けもあり、皆は開放的、平和的になり、かの有名なおねーちゃん、おにーちゃん素っ裸天国の風景になるのである。このフェスを見て一番不思議というか、ああ、平和~。と感じるのはこういう風に素っ裸になって性的被害がなかったことだろう。要はレイプ事件なんかが起こらなかったこと。
頭くらくら状態の健康な男子ならば、そういった事件があってもおかしくない。(実際ウッドストック’99ではレイプ事件があったようだ。)こういった事件が報告されてないところも’69年のwoodstockが愛と平和の祭典と語り継がれる所以ではないだろうか。
2日目、3日目となると初日と打って変わって天候が激変する。雨風で観客は疲労困ぱいし、餓えと寒さとの戦いとなる。帰ろうにも後ろには大渋滞。その場でやり過ごすしかない状況である。この辺はフジロックフェスティバル’97(初年度)などにも通じるところがある。3日目などはハリケーンが発生し、観客の疲労振りはピークに達する。一時は災害指定地域に指定され、物資の供給も政府からされる状態になる。

中には泣き出すものもおり、すべての人々がピースフルでなかったことも覗える。映画では泥遊びに楽しく興じている若者が映し出されているが、 現実はもっと悲惨なものだったようだ。この危機的状況下において、人々は助け合い、励まし合いフェスを乗り切ったのであろう。黒人と白人が渇きをしのぐため、飲み物を回し飲みする・・・という光景も見られたそうな。
たかが野外コンサートで、そんな・・・とお思いであろうが、総来場者数40万人が餓え、疲労する状況下は想像を絶するものであろう。
--------時代背景
もうひとつこのフェスの隆起の原因として時代背景がある。それは言うまでもなくベトナム戦争であり、それに対してのアンチテーゼであった。若者がなぜ髪を伸ばすのか?それは徴兵され入隊すると髪を短く切らなければならない。その反逆のアピールであった。南北戦争の意味合いの強いこの戦争に自分達も徴兵される恐怖感と不安。本当に意味のある戦争なのか?この問いかけがWoodstockひいてはヒッピーカルチャーを理解するときに重要なセンテンスになる。当時は’67年に米軍が北爆を開始、一時休止したものの戦争批判のピークを迎えていた。そんな背景があり、このフェスティバルがあったことも忘れてはならないでしょう。 トリであるジミ・ヘンドリクスがゴミとまばらな観客の前で披露した「星条旗よ永遠なれ(アメリカ国歌)」はヴェトナム戦争への批判的メタファーとして語り継がれることになる。(ジミ本人がどこまで意図したかは定かではないが・・・)
こうして、ジミ・ヘンドリクスの(実際4日目の)プレイをもってWoodstockは、死者3名、出産2名(笑)、逮捕者60名あまりを出すが、大きな混乱なく愛と平和の祭典として見事に大団円を迎えるのでした。
大赤字との予想であった今回のフェスでしたが映画の版権販売や前売りチケットで黒字で終了したようだ。
今の僕達から見ると、フェスの形態と楽しみ方、思想感などすべて違うものであり、(いや、似て非なるものか。)この辺を踏まえて日本のフェスを楽しみたいと思う。まあそこまで、考えろとは言わないが。現在のフェスの原型としてのWoodstockを知っておきましょう。あと、楽しいだけじゃなく、せめてあとかたずけでもしましょう!
WRITER - HIDE 2004-07-24
参考文献
レコードコレクターズ 94年10月号
ルーディーズクラブ 94年4月号
ディレクターズカット
ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間
Arcam Books ALL RIGHT RESERVED
2004
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